ぴか☆まく公論 「材料とアスリート」
日立ツール株式会社
基盤技術研究センター
松江表面改質センター
センター長 井上謙一
ぴか☆まく公論「材料とアスリート」
今回は少しだけ私の専門分野でお話をさせてもらいます。独断と偏見の完全私論です。
☆熱処理技術は筋トレ
鋼を道具や部品として扱う場合,ほとんどのケースで熱処理が適用されます。特に鋼の硬さと靭性を兼備させる熱処理である焼入れ焼戻しは,その後の鋼の特性に大きく影響する,とても重要な熱処理とも言えます。
この焼入れ焼戻しは,鋼が本来持っている特性を最高の状態に引き出す必要があるため,熱処理屋さん独自の技術とノウハウを駆使しています。焼入れは早く冷やすほど硬度や,焼戻し後の靭性を高めるのですが,製品の形状や鋼の成分によって,冷却速度が速いほど変形や割れなどの熱処理不具合につながります。そのため冷却時には,その温度域によって冷却速度を早くしたり遅くしたりして,最小の変形量と最高の靭性を引き出します。
鋼の内質を限界まで鍛え上げる熱処理は,アスリートで例えると,まさに筋肉トレーニングのようなものであって,そのやりかたによって鋼の特性を大きく左右させます。
優秀なアスリートに育てるには,優秀なトレーナーが必要。つまり良い鋼に仕上るには良い熱処理屋さんが必要です。
☆ドーピング?
今では金型分野や摺動部品の分野で,当たり前になりつつある表面処理の中で,窒化処理のような拡散を利用する表面処理があります。この窒化処理は鋼の中に窒素をしみ込ませて,鋼が本来持っていない硬さを付与します。その結果,優れた耐摩耗性を手に入れることになります。
熱処理と同様に,この窒化処理もアスリートで例えるならば,鋼の中に窒素を“しみ込ませ”強化する=体の中に異物を取込んで強化する・・・まさに「ドーピング」でしょう。
体をドーピングで強化すると,いたるところに副作用がでると言われています。鋼も同じく窒素でドーピングすると耐摩耗性は格段に向上しますが,反面ひじょうに脆くなってしまい,鋼本来のしなやかさが失われ,たいへん扱いづらくなります。少しぶつけただけで欠けてしまったり,その窒化深さが深すぎると,使用中に割れてしまったりします。
金属加工業の世界ではドーピングは禁じられていませんが,その使い方(用途)や,量(窒化深さ)を間違えると,選手生命は思いのほか早く終わってしまいます。
☆最近のトレンド
最近は様々なセラミクスコーティングが金型や自動車部品に適用されてきています。被覆される物質は,TiN,TiCN,TiC,TiAlN,TiSiN,CrN,AlCrN,VN,VCN,VC・・・挙げたらキリがありませんが,いずれも鋼や窒化処理などに比べると高硬度で,耐酸化性や摩擦特性に優れていることが特長です。切削工具などでは古くから適用されており,実に市場の80%程度がなんらかのセラミクスコーティングが適用されていると言われています。
セラミクスコーティングには,CVDコーティング(Chemical Vapor Deposition),塩浴を用いたVCコーティング,PVDコーティング(Physical Vapor Deposition)が代表的な手法ですが,CVDコーティングや塩浴VCコーティングは,被覆温度が1000℃以上の高温のため,被覆処理後に焼入れ焼戻しを必要とします。そのため,金型や部品の変形が大きく精度を求められる最近のニーズには対応しづらくなってきました。
一方,鋼の焼戻し温度以下(約500℃)で被覆するPVDコーティングは,変形が少ないことから,年々その適用率を伸ばしています。
例えば・・・2003年当時,冷間プレス金型での各コーティングの適用率は,CVDコーティングと塩浴VCコーティングあわせて約90%を占めていました。当時は冷間プレス型用途で,お客様を満足させられるのは,CVDコーティングのTiCと塩浴系コーティングのVCしかなく,PVDコーティングの出る幕はありませんでした。その後のPVD技術の進化と金型の高精度化ニーズによって,PVDコーティングは,ここ数年で冷間プレス金型の分野でも着実に適用率を伸ばし,2008年では約40-50%まで増加したと言われています。
さて,このコーティング技術ですが,金型や部品に被覆するだけで(全てではないですが)その性能が飛躍的に向上します。これも先の熱処理や窒化処理などのようにアスリートに例えると,昨年話題になった水着のように身に纏うだけで記録更新!のような感じでしょうか?ただこの夢のような水着も,水泳以外では何の効果も無いですし,やはり着る人の能力にその性能の絶対値は依存します。
コーティング技術も同様で,用途に合わない膜種は何の意味もなさず,またできの悪い材料に被覆しても,その性能の絶対値は知れています・・・なかなか夢のような万能技術と言うものは無いようで,材料,熱処理,形状,表面処理などがお互いを補完しあって,最高の性能が引き出されることになります。
☆おわりに
なんだか無理やりアスリートに例えた感が否めないですが,結局のところ最高を手にい入れるためには,一要素のみでは非常に難しく,たくさんの要素を摺り合わせて初めて達成できる・・・つまり日本人が最も得意としていた手法なんだと思います。昨今では欧米や中国をはじめとする諸外国で,この“日本型ものづくり”が研究され,各国の文化に合わせて改良されていると聞きました。
私たちも,この“日本型ものづくり”をもう一度見直して,これからの時代にあったものに進化させる必要があると感じます。
TrackBack URI :
コメント (0)









