2009 年 7 月 1 日

溶射ってご存知ですか?





ぴかまく公論 溶射ってご存知ですか?






2009年6月30日
倉敷ボーリング機工株式会社
田尻さや香


◆ はじめまして ◆
梅雨入りしたにもかかわらず、まとまった雨の降る気配のない、晴れの国「岡山」。取水制限を始めた近郊の県の話も他人事とは言えなくなってきました。個人的には、ポリバケツやペットボトルに溜めた水で生活した、十数年前の断水の光景が頭をよぎります。そして、こんな水不足の時に増えるお問い合わせが、「ボーリング」のご依頼です。もちろん社名に「ボーリング」が入っているので、電話帳などで調べて連絡してくださっているとは思うのですが、当社の「ボーリング」は別ものです。当社では、井戸掘りの「ボーリング」ではなく、車のエンジンなどの「ボーリング」加工を行っていた会社です。「行っていた」と過去形なのは、さらにややこしいのですが、現在では、「ボーリング」加工も行っていないのです。
そもそも、1950年代に車のエンジンの燃焼効率を上げるために、エンジンの一部分である、エンジンシリンダの内径を大きくすることを目的として、ボーリング加工を行っていました。平成生まれには想像できない光景かもしれませんが、その当時は自動車が止まることがよくあったとか。申し上げるまでもなく、現代では修理の必要のなくなった車のエンジンシリンダのボーリング。当社でもボーリング技術から派生して機械加工・精密機械加工をベースに、近郊の水島コンビナートの保全・メンテナンス業務へシフトしていきました。そして、壊れた機械部品を元に戻すだけでなく、さらに寿命を長くできないか?という思いで始めたのが、表面処理の1つである「溶射」です。

◆ 「ヨウシャ」って? ◆
「ヨウシャ」加工と聞いて、すぐに「溶射」と思い描かれる方はどの位いらっしゃるでしょうか?なかなか日常的に目にする機会がないのか、気付いて貰いにくいところにコーティングしているのか、認知度はまだまだの「溶射」です。その歴史を紐解くと、1909年にスイスのDr. M. U. Schoopが発明した技術で、日本へは1919年に江沢謙二郎氏が導入したと言われています。90年ぐらいの歴史があります。当社では1963年(昭和38年)より導入し、その当時は、摩耗や腐食した大型船舶の軸の寸法復元などをさせて頂いていました。経済産業省から「特定ものづくり基盤技術」として認められたのは2008年(平成20年)になってから。認定は20番目の技術になります。これにより、溶射技術が多様な分野に渡り我が国製造業を支えているという現状とその重要性を認知して頂けたのではないでしょうか。

◆ 溶射の定義 ◆
溶射は分かりやすい例えでは、「アーモンドチョコレートのチョコレート」、「金属のお化粧」です。表面を美味しく美しくするだけでなく、長持ちさせたり性能を向上させたりします。JIS規格では「燃焼または電気エネルギーを用いて溶射材料を加熱し、溶融またはそれに近い状態にした粒子を素地に吹き付けて皮膜を形成することと定義されています。溶接のように高温で金属を溶かして、塗装のように溶滴(溶かした粒子)を吹き付けるイメージでしょうか。①あらゆる材質に皮膜を形成でき、②溶射材料の種類を広範に選択できます。③基材の寸法に制限がなく、また、④皮膜の形成速度が高いという特徴があります。

◆ 溶射のメリット ◆
主な材料は金属・合金・セラミックス・プラスチックスです。被対象物は、例えば、金属・合金・セラミックスだけでなく、石膏や有機物(木材、布、紙やプラスチックス)など。回転機の摺動部分であれば、硬い、耐摩耗性に優れた1 mm以下の薄い皮膜を被覆します。硬質物質を含む液体に接触する回転体であれば、硬く、そして、接触溶液である酸・アルカリや海水などでも錆びない、耐摩耗性と耐食性に優れた皮膜を。当社の溶射皮膜は、紙をつくる製紙会社の設備(「抄紙機」と呼ばれます)の主要パートを構成する各種ロールの表面にも、耐摩耗性や耐食性はもちろんのこと、非粘着、離型性、スリップ防止、グリップ力向上、帯電防止などの用途に使われています。

現在では、防食・肉盛溶射等のみならず、ほとんど全ての産業界に何らかの形で使用され、ジェット機から人工歯根まで、ありとあらゆるアプリケーションがあります。高硬度、高強度、耐摩耗、耐食、耐熱、断熱、導電性、絶縁性などの機能性を付与し産業界の技術革新に貢献すべく、21世紀に入り注目を浴びているエネルギーや環境関連への適用も日々増えています。既存製品に拘らず、どんどん新しいテーマでのご用命を承っております。

◆ おわりに ◆
先日、採用関係の会社説明会で受付職をご希望の学生さんがお見えになりました。それは、「ボーリング」ではなく、「ボウリング」場ですよね。そろそろ、社名も変えた方がいいかもしれません。
 

カテゴリー: ぴか☆まく公論 — admin @ 12:44 PM

2009 年 7 月 24 日

ぴかまく公論 「中国、長春見て歩き」

「中国、長春見て歩き」

株式会社ナガト
取締役社長 内田弘之

【長春】
中国北部、吉林省の省都長春は日本の北海道の旭川とおなじくらいの北緯に位置し、大陸性気候で春は乾燥で風が多く、夏は湿熱で雨が多い。秋は涼しく昼夜の気温の差が大きく、冬は長く寒くマイナス30℃を超えることもある。
1932年から1945年までは満州国の首都とされ、新京と呼ばれ市内には当時の建物も多く残っている。面積は20,500平方キロ、人口は750万人(2007年)日系企業は約400社が進出している。
市内には長春第一汽車(自動車メーカー)と長春映画製作所が所在し中国における自動車工業と映画製作の拠点となっている。

【中国第一汽車集団公司】
1953年に旧ソビエト連邦の自動車メーカー「ジル」の支援により設立された中国最初の自動車メーカーであり長春市に本拠を置く。
1956年にジルによる支援が終わった後は、ソ連製トラックをベースにした中国人民解放軍の中型トラックCA-10とその2年後に生産が開始された、解放CA-30型トラックを中心に生産台数を増やしていった。
1991年にはフォルクスワーゲンと提携し、乗用車の生産が本格的に始まった。さらにはその後、トヨタやマツダなど日本の自動車メーカーとの提携を行うと同時に、自社乗用車ブランド「紅旗」を立ち上げ成長を続け、2004年には年間販売台数100万台を突破した。
中国全土の2004年の自動車生産台数は初めて500万台に達して507.1万台(対前年比114.1%)となり、2008年には938万台(ちなみに米国1324万台、日本511万台)となり、2009年上期はリーマンショック以降の世界的不況の影響を受けることなく609万台(ちなみに米国480万台、日本200万台)で通期ではアメリカを追い抜いて1000万台を超える勢いである。
また、自動車の普及率をみても米国の80%、日本の60%に対して中国では5%に過ぎず、これからの自動車生産、販売にも大きな期待が持てる市場であるといえる。

長春第一汽車の本社ビル

【熱処理工場】
今回見学させていただいたのは、1953年に作られた第一汽車発祥の地ともいえる、トラック製造工場の中のマニュアルミッション工場と熱処理工場であった。
とにかく広い敷地(詳細な面積は不明)に赤いレンガ造りの工場が何棟も並んでおり(1棟あたりも長くて広い)長い歴史を感じさせられた。
工場内は欧米製、中国製、少しの日本製の大型NC旋盤やマシニングセンターが並び、大型(トラック用)のギヤ類の加工を行っていたが、意外に作業者が少なく、かといって完全自動でもなく日本に比べて生産性の低さは見て取れた。機械の配置もゆったりとしており、機械と機械の隙間も広く取ってありロボットなどの自動化装置は見つけることが出来なかった。
一方熱処理工場は1960年頃ソ連から導入した設備を(現在も稼働中)参考にして自社で製作されたストレートスルー式バッチ型浸炭炉が約20台並んでおり、ピット型浸炭炉も数台稼働していた。
周辺機器としてガス発生機やショットブラストも自社で製作された設備を使用されていた。
現在新工場建設中とのことでこれら古い設備はすべて廃却されるらしい。
すべての設備は電気を熱源にしており、長春の電力事情は沿岸部の都市に比べて安定しており、停電などまったくないとのことであった。
昨年から熱処理部門は分社化され、「長春一汽嘉信熱処理科技有限公司」という社名になっており、今回この会社の総経理、技術部長、工場長と面談しお話を聞くことができたが、これまでは大きな自動車メーカーの1部門だったがこれからは分社化され動きが小廻りで出来、中国国内はもとより世界の色々な国の多くの企業との情報交換や取引ができるようになると共にこれまで培われた技術による熱処理設備の販売を広げていくことをPRされていた。
今回は浸炭処理設備だけで高周波焼入れや表面処理の領域は見ることはできなかったが、マーケットとしての中国とその市場に送り出す自動車の生産において技術力の高さ、スピードの速さ、生産設備の能力アップなど完全に日本を脅かす存在であることは間違いないという事を痛感した。

中国製浸炭炉(パンフレットより)

カテゴリー: ぴか☆まく公論 — admin @ 1:05 AM